2023年3月29日
第16回(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞受賞記念講演
町田 樹
さて、そろそろ私に与えられた時間も少なくなってきました。
私はフィギュアスケーターであった頃、人前で直接パフォーマンスを行っていましたが、そうした表現行為というのは、その場で観客の反応を直接確かめることができます。うまくいかなかった時は、あまり良い反応が得られないこともありますし、反対に、会心の出来だった時は、地鳴りのように大きな拍手とスタンディングオベーションで迎えられます。良かったのか、悪かったのか、勝ったのか、負けたのか、といった評価もその場で瞬時に出ます。
ところが、本に綴った言葉というのは、どのような人に届いているのか、届いた人にはどのように受け取られているのか、読者の反応がいつでもはっきりと見えるわけではありません。ともすれば、読者がいるのかさえもわからなかったりします。しかしこれからも、私はたとえ読者がいなかったとしても、言葉の存在を強く信じて表現し続けたいと思っています。
私に、そう思わせてくれた出来事があります。私が最初の著作である『アーティスティックスポーツ研究序説』を刊行して間もない頃、福岡に住むある一人の青年アスリートから手紙が届きました。その手紙には、私の著作の感想と、私の研究成果を参考にして分析した自身のスポーツ経験に関する考察が、びっしりと情熱的に記されていました。実はその手紙をくれたアスリートは、いま大学に進学して、研究者になるべく真摯に努力を重ねています。
そうした彼の姿を見て、スポーツを深く考えることの醍醐味が、私が知らずとも次世代のアスリートに届き、そしてその彼ら彼女らの中から新たな書き手が着実に育っている、という実感を得ることができました。私は幸せな書き手です。直接、そうした実感を得られたのですから。さらに幸せなことに、本日、ここには私の発した言葉を受け取ってくださったからこそお越しくださった皆さまが、たくさんいらっしゃると思います。一人の書き手として本当に嬉しく、心より感謝を申し上げます。
しかし一方で、たとえいま伝わらなかったとしても、真摯に紡いだ言葉はいつか誰かに届くということを、学問の世界にいる私は知っています。研究する中で過去の著作を読んでいると、もうこの世に存在していない著者であるにもかかわらず、直接面と向かって対話しているような錯覚に陥ることがあります。こうした過去の著者とのリアルな対話は、研究という営為の一つの醍醐味でもあります。このように本というメディアは、時空間を超える力を持っています。私はそうしたメディアの力を信じながら、明日を生きるアスリートや表現者の良き対話相手になれるような言葉を、これからも真摯に綴っていきたいと考えております。
名残惜しくも、お時間がきてしまいました。ここで私の講演を締めくくりたいと思います。皆さま、ご清聴くださり、洵にありがとうございました。