2025年3月27日
第18回(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞
もう何年も、毎日のように「分断」とか「誹謗中傷」という言葉を耳にしている気がします。本当にいやな言葉です。国家指導者が平然と噓をついて、間違いを指摘されれば開き直り、陰謀だとかなんとか大きな声で威圧する。こんな噓と暴力がまかりとおった果てに、ウクライナで、ガザで、戦争が続いています。もう正直、何を言えばいいのか、どんな声を上げればこの戦争をとめられるのかわからない。そんな無力感が世界中に蔓延しています。
奈倉有里さんの著書『夕暮れに夜明けの歌を』のあとがきにこんな一節があります。
私が無力でなかった唯一の時間がある。彼らとともに歌をうたい詩を読み、小説の引用や文体模倣をして、笑ったり泣いたりしていたその瞬間──それは文学を学ぶことなしには得られなかった心の交流であり、魂の出会いだった。教科書に書かれるような大きな話題に対していかに無力でも、それぞれの瞬間に私たちをつなぐちいさな言葉はいつも文学のなかに溢れていた(……)
文学の存在意義さえわからない政治家や批評家もどきが世界中で文学を軽視しはじめる時代というものがある。おかしいくらいに歴史のなかで繰り返されてきた現象なのに、さも新しいことをいうかのように文学不要論を披露する彼らは、本を丁寧に読まないが故に知らないのだ──これまでいかに彼らとよく似た滑稽な人物が世界中の文学作品に描かれてきたのかも、どれほど陳腐な主張をしているのかも。
このように力強く文学への信頼を訴える言葉に感銘を受けて、私たちは奈倉さんをぜひ推したいと考えました。言葉は人と人を、人と社会をつなぐことができる。その強い信念は、どの著書からも熱く感じ取ることができます。それは、文学作品にじっと耳を傾け、その言葉の力をあますところなく汲み尽くし、希望の光を見出そうとする決意の表れです。
平和とも安定とも、正気ともほど遠いこの世界にあって、ちいさな言葉を手に闘いつづけている奈倉さんの勇敢さを心から讃えたい。そして、私たちをつなぐちいさな言葉を紡ぎ続ける氏の表現活動のさらなる拡がりと展開を期待し、当賞を贈ります。