(池田晶子記念)わたくし、つまり Nobody賞

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第3回 哲学甲子園 受賞作品

優秀作品

「『やる事もうできた?』の『やる事』は、『今はやらなくてもいい事』」 松下 千鶴 氏(13歳)

 「やる事もうできた?」
 頻繁に言われるこの言葉だが、これを言われる人で、既にやる事ができている人はいないだろう。ゲームや読書を楽しむ私に、やる事ができたか聞いてくるのは、大概母だが、母がしてほしいと思っている事はできていない。聞こえるか聞こえないかの返事をして、またゲームや読書に戻る。きっと明日の私が頑張るはずだ。そうしてまた同じようなやり取りを繰り返すのだが、この「やる事」は、「今はやらなくてもいい事」ではないかと思うのだ。
 まずこの問いかけの一文を、分解して考えてみる。この「やる事」という単語だが、具体的にやる事を提示しない。私が小学校に入る前までは、このやる事は、寝る前の歯ブラシや、外出前のトイレを暗に示唆していた。そして学年が上がるごとにこのやる事が示唆することは変化してきたが、具体的な内容に言い換えられたことはなく、すべてこの「やる事」というワードだった。またこの「やる事」には、期限の切れた課題の提出など、過去のことは含まれない。これから起こりうることを対象としている。次に「もうできた?」という部分を見てみる。この「もうできた?」は、聞かれた時点ですでにやる事を終えていないと、イエスと言えない。つまり、明確に提示されていない、これから先に必要になるであろう事を推察し、聞かれるまでにやり終えないといけないのだ。なんてハードルが高い問いかけだろう。
 ここで着目したいのは、やる事ができたか聞く側が、どんな人かという点である。大体が自分より年上の家族ではないだろうか。今まで私は、自分より年下の人に「やる事もうできた?」と言われた経験は無い。どうやら私より年上の、私のことを心配する立場の人が、未来の私に起こるであろうことを想像し、先回りして、最適解を与えようとしているようなのだ。そしてこれは、年上の人が持つ、経験則に基づいているように思う。かつて自分も経験したであろう苦労や困難、そして成功体験を基に、頼りない私が正解を選べるよう、少しでもよい道筋をつけようとしてくれているのだ。経験則と聞いて思い浮かぶ代表例は、料理をする時の調味料の分量だろう。大体これくらい使えば美味しく作れることを、母や祖母は知っている。庭を見てみると、盆栽の葉の芽摘みをする祖父の姿が目に入る。盆栽には水やり三年という言葉があるそうで、適量の水やりをするのは難しいらしい。また書道をする母が、そろそろいいかなと、作品に応じて濃さの違う墨を磨る。昨日今日ではできない、長い経験に基づくものだ。この豊富な経験に裏打ちされた経験則があって初めて理解できる「やる事」を、大した経験を持たない私が、どうしてわかるというのだろうか。これはこの問いかけが履行不能と言える根拠の一つである。
 そして二つ目の根拠だが、母には『初めの一歩は全ての半分』という座右の銘がある。とりあえず一歩踏み出せば、やるべき事の半分は終わったも同然。後回しにせずにやることが信条だ。母の後押しをするように、有名人の名言が次々にネットから流れてくる。『やりたい、やってみたいと、やってみたでは、天と地ほどの差があると思う』や、『勇気ってことばの代わりに、試しにやってみる』など、兎にも角にも私に行動を起こさせたいようだ。古の哲学者ジャン=ジャック・ルソーの声も聞こえる。『生きることは呼吸することではない、行動することだ』と。時代も言語も異なるが、昔から、偉人たちが、色々な言葉で、こんなに行動しなさいと促している。多くの種類の言葉を駆使して様々な時代の人が残す『行動しなさい』という名言は、一人でも多くの人に言葉が響くように、その時代に生きる人の胸を打つように作られたものだろう。しかしそれは、裏を返せば、いつの時代にも、さっさと行動しない人が、やる事が漠然とした状態では行動に踏み切れない私のような人が、現在に至るまで存在し続けていることを示しているのではないだろうか。けっして私の怠惰性の問題ではない。経験を重ねることで、今がその時というタイミングも習得していく。先回りした「やる事」がぼんやりしているのは、やる事を察知できるほど私に経験がないからだ。つまり、「やる事もうできた?」の「やる事」は、「今の私には想像できない事」つまり、「今はまだできない事」なのだ。
 しかしそんな私にもきっと、今だと思えるタイミングが訪れるだろう。自分の経験値で察するタイミングだ。それまでは、自分より経験豊富な人が言う「やる事」が何かを理解し、行動に移し終えることはできない。しかし、徐ろに、しっかりと、あくまで自分の経験で、今やるべき事をやる。先回りして最適解を示そうとしてくれる人たちに支えられて。
 そうしていつか私も「やる事もうできた?」を言える、成熟した大人になりたい。
(まつした・ちづる)

選評 ▼

◆ 哲学ではないかもしれないが、発想が面白い。違う人なら、違う結論が出るかもしれない。
◆ 「やる事」というキーワードを使った面白い時間論になっている。大人になった作者がこの先を書き続ければ、「やる事を残して」死んでゆくのが人間という存在だ、という認識論に向かうのではないか。
◆ 一見、ただのヘリクツのように思われるかもしれない。けれど、表面的な言葉の意味を超えて、相手が本当は何を言おうとしているのかをきちんと理解しようとしているのがよくわかる。他人を批判するのではなく、自分のことを冷静かつ公平に見つめているところにも好感をもった。
◆ (初めて)この文章を読んでいる最中に、今まで触れたことのない独自性を感じた。一見、理屈っぽく思えるが、熟読すると、本人の素直な疑問と自分で見つけた現時点での答え、そして未来への希望が見えてくる。その問いを手放さず、いつも大切に持っていてください。