(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞

講 演

2026年3月27日

第19回(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞 受賞記念講演

「個人を愛し、憎むために」

伊藤 亜和

伊藤亜和

 小学三年生のとき、私は横浜市の少年少女合唱団に入団しました。学校の音楽室にあった募集の張り紙に興味を持ったのがきっかけです。そこで私ははじめて言葉の美しさを知ったのだと思います。入団してまもない演奏会で「ラシーヌ賛歌」という曲を歌いました。これはフランスの作曲家であるガブリエル・フォーレが、17世紀の劇作家ジャン・ラシーヌの詩に曲をつけた宗教曲です。そのため原曲はフランス語なのですが、そのとき私たちは日本語訳された歌詞を歌いました。それはこんな歌詞でした。

「神の声は あめつちあまねく 望みよ 土も空も その声聞けば 相和す 我が調べに 答えてまなこ向けよ」

 日本語とはいえ、当時の私たちには難しく、ほとんど意味のない音の羅列のように聞こえました。正直、今日ここで読み上げようと思い立ち、昨日改めて口に出してみても、いまだに言葉の区切りがあっているかどうかわかりません。しかしそれでも、子どもの私にすら、これは祈るための言葉だと言うことがはっきりとわかりました。静かで荘厳なピアノの旋律の中で、それは真っ暗な向こう岸にぽつんと灯った、暖かい光のような言葉でした。それから約10年間、合唱団のなかで沢山の言葉を授けてもらいました。本を浴びるように読む母とは違い、私はほとんど本に興味は持ちませんでしたが、ここで出会った言葉たちが、豊かな響きを持って私の心に染み入ってきてくれました。あの10年間がなければ、私が今日言葉を生業にすることはなかったと思います。私は昔から、気持ちを口に出して伝えることがなかなかできない性格でしたが、そんな私を救ってくれたのも歌でした。歌の中にある言葉たちは、その重さを損なわないまま、それでいて軽やかに飛んでいくことができるのです。私はもどかしいとき、いつも歌を歌っていました。毎晩お風呂で大声で歌うせいで、母にはたびたび怒られてしまいましたが、東日本大震災があったとき、その復興ソングとして作られた「花は咲く」という曲を歌ったときだけ、母はお風呂上がりの私に、ひとことだけ「いい曲だね」と言ってくれました。

 そして、私が言葉を使った対話をするにあたって、最も多くの機会を与えてくれたのは、インターネットです。高校に入った私は、相変わらず人と話すことが大の苦手でした。ちいさい頃から考えていた「人と違う」ということに足を取られて、自ら入っていった沼の中で身動きが取れなくなってしまった時期だったと思います。ほとんど誰とも言葉を交わさず、孤独に毎日を繰り返す中で、私は匿名の掲示板に出会いました。顔も見えない、名前もない無数の人たちが言葉を交わしているこの大きな空間の中で、私は安心感をおぼえ、自分の居場所を見つけたような気持になりました。御存じの通り、そこは温かく平和な場所では決してなかったかもしれません。口汚くののしり合ったかと思えば、ゴシップを好き勝手に喋って馬鹿にするような、理性的な社会とは程遠い、薄暗い場所でした。お互いが、他の参加者たちをひとくくりに「おまえら」という空間で、私はその大きな生命体の一部でした。しかし、当時はまだまだ社会の端に追いやられた人ばかりで、巨大な体をうねらせながら泳いでいくインターネットという存在の中にも、ときよりその鱗の一片が、たしかにこの世界に生きている何者かとして輝いている光景がありました。決して美しいと言われる言葉でなくても、私たちは交わす言葉の中で、相手の存在を確認し合い、どこかで生きているこの世界の住人として受け入れていたように思います。最初はひどい言葉を投げかけてきた人と、辛抱強く言葉を交わして認め合うことができたとき、私は言いようのない喜びを感じたことを憶えています。私は言葉によって、好きであろうが、嫌いであろうが「認め合う」ことはできるとそのとき知ったのです。認め合うとは、理解し合うわけでも、共感する訳でもなく、その人を見つめて、存在を知るということなのだと思います。私には「消えてほしい人」がいません。苦手な人もいるし、ときどき誰かを憎むこともあります。だけどそれでも、存在してほしくない人というのは、少なくとも私のなかにはいないのです。

 今日の演題を「個人を愛し、憎むために」というものにしたのは、この経験が大きく影響しています。あの頃からインターネットの空間はさらに大きく広がり、誰もがSNSを使って世界中の人々と言葉を交わす時代になりました。SNSでは大多数が匿名でありながら、それぞれが個人として独立しています。掲示板のように、読み人知らずで浮かんで消える言葉たちと違い、SNSで綴った言葉は、その人の人格や思想を形としてはっきりと示され、フォロワーという数字によって賛同者を増やしていきます。自らの影響力を強くするための安易な手段として、敵をはっきりと示すこと、主語を大きくして語ることばかりが有効になっています。そうして影響力を持った発信者の言っていることは、まるで世界の真実のように掲げられ、さらに影響を増していきます、簡潔で断定的な答えは、私たちから考える苦しみを奪い、この世界の複雑さに耐える力を、少しずつ奪っていくのです。

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