講評
(表彰式における発表)
『哲学甲⼦園』という名前の通り、哲学という観点から「考える」ということを最も⼤切な選考基準とし、どこまでも⾃分で考え、⾃分の⾔葉で書いたと感じられたものを優先としました。 応募総数120作品の中で、⽂章として魅⼒的な作品も多くありましたが、「うまく書けている話」や「綺麗にまとめられた話」ではなく、また、その⼈の意⾒や主張ではなく、⾃分が考えた筋道をそのまま書こうと努⼒している作品を選びました。 たとえ論理が破綻していたとしても、考えている⾃分を⿎舞し、その⼈だけの⾔葉で考えているものの中から、特に優れたと感じられた作品を選ばせていただきました。
4回⽬の開催となった哲学甲⼦園ですが、これまでに⽐べ応募作品全体における内容の質も上がり、選考に多くの議論と時間を要しました。 このことは当法⼈にとって⼤変喜ばしいことであり、本を読まない世代と⾔われていることを疑うくらい、若い書き⼿の意欲を存分に感じ取ることができました。 哲学甲⼦園の応募資格は中学⽣から25歳以下です。 全ての応募作品を通して今の若い世代の空気感や問題意識を知ることができるというこの経験は、私たちにとって⾮常に有意義なことであり、そしてこれからの新しい書き⼿に対しての希望や期待を感じざるを得ません。 この場を借りて応募してくださったすべての書き⼿の皆さまに感謝申し上げます。
今回、最優秀作品を受賞された城間 碧(しろま・あお)さんは作品の中でこう書かれています。 『死とは、その⼈が完全に消えることではなく、その⼈の存在のあり⽅が「外から中へ」と移動することなのかもしれない』 『⼈が死ぬとはどういうことか。それは、「今ここにいる」という形を⼿放し、誰かの中で静かに、けれど確かに、⽣き直すということかもしれない』
現代社会では、⾔論に対しての規制がますます強まっていますが、その⼀⽅で、規制を完全に無視した新たな戦争が中東地域でも始まりました。 現代において規制というのは、まるで個⼈や時代の利害関係が決める信頼なきもののようです。 今、私たち⼤⼈は、17歳の城間さんが書いたこの死についての考察を読み、⼀考する必要があると思います。 個の正義や個の宗教を超え、個の⾔葉で話し合い、個の集団として暮らすことができれば、城間さんが書かれている通り、『誰かの中で静かに、けれど確かに、⽣き直す』ことができるのかもしれません。 個としての城間さんの考察と戦争を無理やり繋げる気はありませんが、同じ「死」でも全くといって異なる「死」がいつの時代にも存在することについて考えざるを得ないと同時に、これからの時代を担っていく若い⼈たちが、「死」について思う存分問いを⽴て議論を展開していく⾃由と時間を持ち、あらゆる問題が⾔葉で解決されていく未来を願います。
「驚き、そして考える」ということは、池⽥晶⼦によれば哲学の始まりであり、その根幹でありました。 NPO法⼈ わたくし、つまりNobodyはこれからも皆さんの新鮮な気づきと、それを考え、書こうとする作品の応募に期待しています。 この度は本当におめでとうございました。