父が亡くなった。けれど正直に言えば、それがどこまで現実なのか、自分でもよく分からないままでいる。一年と半年ほど前に上京してから会う機会は減り、連絡も少なくなっていた。だから、たとえば「もう会えない」と言われても、「もともとそんなに会っていなかったじゃないか」と、自分の心が静かに反論してくる。確かに私は父の骨を拾った。もうこの世界に父親の肉体が無いことは理解しているのに、それが本当に現実なのか分からないまま、どこかまた実家に帰れば会えるような気がしている。
人が死ぬとはどういうことだろう?物理的な定義では、心臓が止まり、脳の働きが停止し、生命活動が終わることを「死」と呼ぶ。けれどそれはあまりにも薄っぺらく、表面的だと思う。実際のところ、私の中の父はまだ完全に終わっていない。ふとした瞬間に、「このことを父ならどう思っただろうか」と考える。道端で、どこか似た背中を見つけて無意識に目で追ってしまう。むしろ、死んだことで父の存在は、記憶の中により鮮明に、濃く残るようになったようにも感じる。
単身赴任をしている親と、遠くで離れて暮らす親と、死んだ親の違いは何か。会えない、触れられない、声を聞けないという点では、死とよく似ている。けれど違うのは、「また会えるかもしれない」という可能性の有無だ。未来に何かを期待できるかどうか、その一点が決定的に違う。たとえ実際に会うことがなかったとしても、どこかにいると思えることで、人は不在を受け入れやすくなるのだろう。反対に、死には「完全なる断絶」のような感覚がまとわりつく。けれど、私はふと思う。もし「いること」の定義を、「同じ時間を、同じ空間で共有すること」だとしたら、記憶や思い出の中にいる父は、本当に「いない」のだろうか?今こうして、父を思って考えているこの瞬間、私は確かに父と共にいるとも言えるのではないか。
「天国に行った」という言葉がある。子どもの頃は雲の上にあるような、光に満ちた場所をなんとなく想像していた。でも今、父が「天国にいる」と言ったとして、私はそれがどこにあるのか、本当に分からない。ただ、どこかにいてほしいと思う気持ちが、そういう言葉を作ったのかもしれない。そうでないと、「いなくなった」という事実を受け入れるのがあまりにも辛すぎるから。死とは、ある人が「この世界のルール」から抜け出してしまうことなのかもしれない。もう連絡もつかないし、会う約束もできないし、一緒に食卓を囲むこともできない。だからこそ生きている私たちは、死んだ人のために新しいルールを作る。たとえば「この空の向こうにいる」とか「見えないけど見守っている」とか、あるいは仏壇に手を合わせるという行為そのものが、失った存在との新しい関係のかたちなのだろう。
不思議なことに、父の死を通して私は「生きる」ということがどういうことかを考えるようになった。人は、ただ呼吸をしているだけでは「生きている」とは言えない。誰かと関わり合い、記憶を交わし、意味を残していくことが、生きていた証になる。だから、父はまだ少しだけ生きている。私が父を思い出す限り、父の言葉を借りて物を考える限り、そこに父の命の名残が灯っているように思うのだ。肉体は失われても、魂が残り続けるというのが正しいことのように考えられる。それは祈りかもしれないが、死を恐れないことへの希望にもなり得る。
死は確かに終わりだ。けれど、それと同時に始まりでもある。現実の「生きていた父」が消えて、「記憶の中の父」が現れる。そして、その存在は、思いのほか強く、鮮やかだ。私は父の死によって、ようやく父のことを深く考えるようになった。死とは、その人が完全に消えることではなく、その人の存在のあり方が「外から中へ」と移動することなのかもしれない。肉体から、記憶へ。声から、想像へ。現実から、物語へ。人間の本質は外形ではなく、その人の内側の魂にあるのではないだろうか。
そして、いつか私自身も死ぬ。私が誰かにとっての「記憶の中の存在」になる日が来る。だからこそ、今という時間をどう生きるかが問われる。誰とどんな言葉を交わし、何を大切にして過ごすか。それが、死んだあとに残る「私」になる。
人が死ぬとはどういうことか。それは、「今ここにいる」という形を手放し、誰かの中で静かに、けれど確かに、生き直すということなのかもしれない。
ここまで考えて、結局全て人の死というものを受けるのは今を生きている人なので、死んだ本人がどのようになるのかは理解できないままだ。人が死ぬ時、その本人としての意識の行き先は誰にも分からない。それでも、形として、死を受けることがどのような事かは少し見えたと思う。これからも、「死」と、それと隣り合わせの「生」について考えていきたい。
(しろま・あお)