わたくし、つまりNobody賞

2018年 第11回

金子薫 金子薫 金子薫 ©Taihei Ohara

【略歴】

1990年、神奈川県生まれ。 慶應義塾大学大学院文学研究科仏文学専攻修士課程終了。 2014年「アルタッドに捧ぐ」で第51回文藝賞を受賞しデビュー。 著書に『アルタッドに捧ぐ』『鳥打ちも夜更けには』『双子は驢馬に跨がって』がある。

【授賞理由】

なぜ、人は生きていかなければならないのか……金子薫氏の小説の中には、このような根源的な問いがあふれている。日常とは乖離した架空の場所や生き物をつくりだし物語を紡いでいるが、一貫しているのは、人が生きる営みや人生そのものへの問いだ。人生とは問いを重ねていくこと、そして、そこには言葉がある。金子氏の小説からは、フィクションに内在する言葉の力への信頼がひしひしと感じられる。文学には、もっともらしい教訓やわかりやすい答えなどは必要ない。読者も、作者さえも、自分自身の読む力で作品の世界を楽しみ、自由に感じたり考えたりすることそのものが文学なのだ。人が生まれて存在する理由が曖昧なように、すべては曖昧で夢かもしれないが、金子氏はそのことを言葉で表現し、言葉で世界を構築している。何よりも言葉を大切にしたいと願って創設された当賞を授賞するのに相応しい人であり、今後も日本文学の枠にとらわれない小説を生み続けることを期待して、賞を贈ります。

【ブックリスト】

アルタッドに捧ぐ
アルタッドに捧ぐ

作家志望の青年が、ある日、自分の作品から抜け出たトカゲのアルタッドを育て始める。 架空のトカゲやサボテンを世話する青年からは、赤ん坊や弱い者を庇護せざるを得ない人間の善の感触が滲み出る。 生への優しさに満ちた小説。

河出書房新社◆定価1,300円(本体価格)
2014年11月刊

鳥打ちも夜更けには
鳥打ちも夜更けには

自らの町が「架空の港町」と呼ばれることを気に入っている住民たちの中で、生きる意味を見いだそうとする青年の姿が描かれる。 蝶と花畑の「楽園」の復活をもくろむ新町長のもとで始まった害鳥駆除の仕事に就いた青年は、いつしかその職に疑問を抱き、仕事を放擲する。 いかに生きるか、「架空の港町」の住民たちは、その問いを忘れ、考えることを忘れた人たちだった。 青年の苦悩が、ひとつの問いとなって読む者の胸に迫る。 わたしたちも架空の港町の住民になってはいないか?

河出書房新社◆定価1,500円(本体価格)
2016年2月刊

双子は驢馬に跨がって
双子は驢馬に跨がって

物語は、「君子危うきに近寄らず」と「君子」という奇妙な名前の父子が、理由も分からぬままに幽閉されている場面から始まる。 父子はいつか驢馬に乗った双子が救出してくれると信じている。 果たして、遠くの町で双子が生まれ、成長して旅に出る。 登場人物たちは、作中で冷酷に切り捨てられることもなく、シニカルに笑われることもなく、傍観されることもない。 聖書を連想させる予言の場面や、神話的といってもいい壮大な構想をもち、その描写は高貴な情感にうらづけられている。 物語は希望の予感とともに閉じられ、双子の旅は続いてゆく(振り出しに戻る)。

河出書房新社◆定価1,600円(本体価格)
2017年9月刊

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